産業・企業 基礎情報

ブラジル産業の基礎情報をご紹介します。

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             作成:2015年4月


経済を支える多様な産業

ブラジル産業の特徴

  • 1.多様な産業
    かつてのブラジルは農産物が産業の中心だったが、1940年代以降、政府による経済発展計画の導入、大規模な補助金措置の適用などにより工業化を実現した。さらに1960年代後半から1970年代前半にかけての「ブラジルの奇跡」と呼ばれる経済発展を経て、現在では、サービス業、農林水産業、鉱工業など多様な産業がブラジル経済を支えている【図1】。
  • 【図1】産業部門別名目GDP構成比(2013年)
  • 2.外資系企業が多数進出
    1995年の外資導入以来、外資系企業の占める割合が大きくなった。ブラジルの経済誌『EXAME』によると、2013年の国内売上高上位50社のうち、外資系企業は29社となっている。売上の多い外資系企業には、バイオ燃料生産のライゼン(石油大手の英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルとブラジルのエタノール製造最大手コザンとの合弁会社)、自動車メーカーのフォルクスワーゲン、フィアット、穀物メジャーのブンゲ、カーギル、通信サービス会社のテレフォニカなどがある。

注目される分野

1.自動車

ブラジルの自動車市場は2014年で年間販売台数350万台程度であり、世界第4位の市場規模を誇る。近年の経済成長を背景とした購買力の向上に加え、直近では政府が景気対策として自動車関連の減税を行なったことなどから、ブラジル国内の自動車販売台数は高い伸びを続けてきた。2013年、2014年は景気減速などの影響で、販売が減少したものの【図2】、新車販売台数は2020年に460万台程度になると見られている。国内市場保護のため、ブラジル政府は自動車の車体や自動車部品の輸入に高い関税を課していることから、多くの海外メーカーがブラジル国内に工場を建設し、現地生産を行なっている。また、ブラジルの自動車市場の特徴として、ガソリンにバイオエタノールを混合させた燃料で走るフレックスカーが中心となっている点が挙げられる。

【図2】ブラジルの自動車販売台数の推移 期間:2002年〜2014年、年次

2.航空機

航空機はブラジルの主要輸出品の一つである。ブラジルの航空機メーカーであるエンブラエル社は、リージョナルジェット機(小型飛行機)において世界で圧倒的な地位を築いており、2013年の納入機数では約70%のシェアを持つ。同社は1969年にブラジル空軍の軍用機を製造する国営企業として設立され、1994年の民営化後、リージョナルジェット機の販売好調により飛躍的に業績を伸ばした。同社のリージョナルジェット機は日本航空にも採用された実績がある。

3.鉄鉱石

ブラジルは、オーストラリアと並ぶ2大鉄鉱石輸出国となっている。ブラジルの鉄鉱石生産の中核を担うヴァーレは、鉱物資源の開発・生産・流通において重要な役割を果たしている。なお、2014年の同社の販売先の約34%を中国が占めており、アジア全体では約52%にのぼる。(Vale「Financial Statements December 31, 2014」)

4.石油

2013年のブラジルの石油生産量は211.4万バレル/日となっており、ベネズエラ(262.3万バレル/日)に次ぎ、中南米で第2位の量を誇る(BP「Statistical Review of World Energy June 2014」)。ブラジル国内の石油・天然ガスセクターにおいて中心的な役割を担っているのはペトロブラスで、ブラジルにおける石油・天然ガスの9割を生産する。2007年にプレソルトと呼ばれる大規模な超深海油田が発見され、政府と連携して開発を推進している。2013年3月に発表された5ヵ年計画は、2020年に現在の生産量の倍増を目指す意欲的な内容となっている。

5.農作物

ブラジルはコーヒー豆、さとうきび、オレンジで世界一位の生産量を誇るなど、世界有数の農業生産国である。工業化やサービス業の発展に伴ない、名目GDPに占める農林水産業の割合は、1980年の10%程度から2013年には6%程度にまで低下しているものの、広大な国土、温暖な気候、多くの水資源を有し、耕地に利用可能な土地が多くあることなどから、海外からの投資対象としても注目されている。

ブラジル経済・産業史

1950〜1970年代:工業化と高度経済成長 「ブラジルの奇跡」

第二次世界大戦前のブラジルは、コーヒーや砂糖等の農産品で得た外貨収入で工業製品を輸入する農業国であったが、1950年代からは輸入代替工業化政策の下で工業化が進んだ。政府系企業、外資系企業、民族系企業が三脚となって工業化を支えた。

1968年から1973年までの5年間は、「ブラジルの奇跡」と呼ばれる高度経済成長期となる。フランスのカルフール、イタリアのフィアットをはじめ、多数の外資系企業がブラジルに進出した。

1980年代:経済混乱と対外債務問題 「失われた10年」

1980年代前半に債務危機が発生してからというもの、IMFプログラムを含む経済安定化政策はことごとく失敗し、「失われた10年」と呼ばれる経済混乱期となった。ハイパーインフレに見舞われ、政府はインフレを抑制しようとショック療法ともいえる物価、賃金凍結、為替切り下げなどを行なったが、成果は挙がらなかった。

1990年代:ハイパーインフレからの脱却と自由化

ハイパーインフレに対処するため、1993年12月に「レアルプラン」が発表された。これは財政の大幅な調整、新通貨の導入、貿易の自由化と新為替政策を組み合わせた、画期的な価格安定化政策だった。仮想通貨単位による調整プロセスを経た後、1レアル=1米ドルを下限とする変動が認められた新通貨「レアル」が導入され、ようやくハイパーインフレが収束した。

1995年に発足したカルドーゾ政権は、貿易の自由化、外資規制の撤廃、国営企業の民営化を行なった。1995年に内外資の差別を撤廃する憲法改正が行なわれ、これを転機に外資が急激に流入した。また、同年にメルコスール(南米南部共同市場)が発足し、ブラジル産業の国際化が加速した。こうした中、1999年には為替相場が変動相場制に移行して、ブラジル企業はグローバル経済に開かれることとなった。

2000年代:貿易収支の改善と国内消費の拡大

2000年代の初頭は世界経済の好調や新興国の台頭などによる需要の増加を背景に、ブラジルの資源関連産業に注目が集まり、同国の貿易収支は黒字に転じた。しかしその後、海外から投機的な資本が流入したことで通貨が急激に増価したため、国内の製造業などの輸出競争力が低下する懸念が生じた。

国内消費は経済成長を背景に好調となった。分割払いによる購入の習慣に加え、2003年にルーラ大統領が貧困世帯への直接補助金制度「ボルサ・ファミリア」を始動したこともあり、他の新興国と比べても大きな消費パワーを持つこととなった。

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