福田コメント
「ノムラ・ジャパン・オープン」が設定から30年となる決算を迎えました
2月27日(金)に「ノムラ・ジャパン・オープン」が決算を迎え、1996年の設定から30周年となりました。これまで当ファンドにご投資いただいた数多くの受益者の皆様、販売に携わっていただいた方々、その他様々な関係者の方々に対し、この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。
ファンドが設定されてからの30年のうち、私が運用責任者の任にあったのは2022年4月からの4年弱ですが、野村アセットマネジメントの前身である野村證券投資信託委託株式会社に入社したのが1995年ですので、私のキャリアは当ファンドの歴史とほぼ重なり合っています。そして、その30年は、いわゆる日本経済の"失われた30年"とも多くの部分で重なる、厳しい時代でした。設定30周年を迎えるにあたり、私が運用責任者として、この30年を振り返ってどうとらえているのか、記しておきたいと思います。
既に別の機会(福田の信念)などでも一部触れたことがありますが、日本のメディアが、「失われた30年の結果、世界第2位の経済大国の地位から転落した」と失ったものにばかり焦点を当てることが多いのに対し、日本という国は世界においてかつてないほど高い評価を得ていると私は感じますし、多くの人々の実感もそうでしょう。このズレはどこから生じるかというと、メディアの多くは、戦後日本が軽武装、経済重視路線で成功し、経済力増大という目標を一時的に達成したものの、平成バブルの崩壊とその後の対応の拙さから世界第2位の経済大国の地位から転落した(今後も下り坂が待っている)という前提でものを考え、失ったものの一方で得たものもあることを軽視しているのに対し、私は、この得たものは非常に重要なもので、日本国民は自信を持って将来を展望できるし、意思の力で自らの未来を決められる、と得たものとそれがもたらす未来を考えているからです。
戦後日本は経済大国になることを目標としてきたということが暗黙裡の前提とされているように思われますが、そうではないと私は考えます。思い出していただきたいのは日本国憲法前文にある、国際社会において名誉ある地位を占めるという願い、このことこそが多くの日本国民の共通の目標であったと考えます。敗戦後の出発点からすれば、遥か遠い彼方の目標のように感じられたことでしょう。そう考えれば、この30年で生じた変化、とりわけ、多くの外国人が日本を訪れ、等身大の日本に対する理解を深め、そのうえで高く評価されるようになったことは、国際社会において名誉ある地位を占めるという目標に日本国民は近づいているんだと自信を持ってもいいと思います。何しろ、世界第2位の経済大国の時代には、エコノミック・アニマルだとか、(湾岸戦争に際して)カネだけ出して血は流さないなどと蔑まれて、相変わらず国際社会において不名誉な扱いを受け続けていたわけですから。
要約すると
戦後日本が目標としてきたもの
通説:世界第2位の経済大国
筆者福田の考え:国際社会における名誉ある地位
目標達成の成否
通説:1980年代後半に一時的に達成するも、すぐに転落、長期低落傾向に歯止めかからず
筆者福田の考え:東日本大震災などの苦難を乗り越え、日本という国、国民に対する世界の信頼、評価はかつてないほど向上、強いソフトパワーに自信を持っていいし今後の活路も開ける
さて、私の考えでは、日本は国際社会において名誉ある地位を占めるという目標に近づいています。ソフトパワーの向上がその原動力と言えそうですが、時代は再び世界各国にハードパワーの強化を要請してきていると感じます。こうした時代の流れに適切に対応していければ、日本はこれからも素晴らしい国であり続けると自信を持って言えると私は思います。そうでなければ、日本株の運用者として受益者や投資家の皆さんに、これからも長い期間にわたり注目をいただきたい、などとお話できません。過去30年間から学んだ最大の教訓の一つは、必要な時には国や国民が意思の力で自らの運命を変えなければならないし、それが出来ない国は投資対象として長期間保有するのは難しいということかもしれません。
今後30年の日本と、日本企業・日本株の未来を信じて投資したいという受益者、投資家の皆さんと共に、復活へ向けての志を失わず自己変革に努める企業などに投資することでこうした未来ある企業を後押しし、「ノムラ・ジャパン・オープン」の運用を通じて日本経済の復活に少しでも貢献出来たら、運用担当者冥利に尽きると思います。
第61期以降も(31年目も)、引き続きお引き立てを賜りますよう、よろしくお願いいたします。