不安に備え、行動を習慣に変えることで
人生100年時代を前向きに生きる
人生100年時代を前向きに生きる
人生100年時代、リタイア後をどう生きるかは、多くの人にとって共通のテーマです。経済的な不安や生きがいの喪失を感じやすい時期こそ、心を整え、安心して暮らす仕組みをつくることが大切です。言語学者で明治大学法学部教授の堀田秀吾先生に、リタイア後の生活を前向きに楽しむためのヒントについて、野村アセットマネジメント リタイアメントソリューション部長の中村浩司が伺いました。
堀田秀吾(ほった・しゅうご)氏
明治大学法学部教授。法と言語科学研究所代表。言語学、法学、社会心理学などを融合させた言葉とコミュニケーションに関する研究を展開。専門書に加えて、研究活動において得られた知見を活かして、一般書・ビジネス書・語学書を多数刊行。アイドルのプロデュースから全国放送のワイドショーのレギュラー・コメンテーターなど、研究以外においても多岐に渡って活躍する。著書に『科学的に証明された すごい習慣大百科』(SB クリエイティブ)など。
不安と向き合い「自分軸」で心を整える
中村:
私どもは資産運用を通じて、リタイア後の暮らしを支援したいと考えていますが、実際には「不安があって何から始めればいいのかわからない」という声を聞くことも少なくありません。まずその不安とどう向き合えばよいのでしょうか。
堀田:
人間にはもともと「不安センサー」が備わっており、ネガティブな情報に注意が向くのは、将来に備えるための自然な反応です。不安があるからこそ、私たちは身を守る準備ができる。つまり、不安は生きるための防衛本能です。但し、不安にとらわれて動けなくなるのはよくありません。大切なのは、どうすれば不安を解消できるかを考え、行動に移すこと。そのためには、「ジャーナリング」のように、書くことで気持ちを整理するのが効果的。不安を書き出して見える化すれば、問題の正体を客観視できるようになり、対処法も見つけやすくなります。
中村:
具体的なやり方を教えていただけますか。
堀田:
単なる日記ではなく、感情を書き出すと頭が整理され、モヤモヤが減っていきます。特に、毎日3つの感謝を綴る「感謝日記」は、睡眠の質が上がり、運を引き寄せやすくなるとも言われています。
中村:
ネガティブな感情は書かないほうがいいですか。
堀田:
コロラド大学の研究では、ポジティブな内容よりもネガティブな内容を書いた方が、その後の不安が減るという結果が出ています。むしろ「怖い」「不安」といった感情は、外に出すことが「心の断捨離」になります。自分の感情をありのまま受け入れることが、結果的に心の安定につながるのです。
中村:
「現役を退いた寂しさから、つい誰かと比べてしまう」という声を聞くこともあります。他人と比べて落ち込むことも、不安の原因になりますね。
堀田:
人間は本能的に他人と比較して自分の立ち位置を測ろうとしますが、比較対象は友人や知り合いなどの限られた範囲に偏りがちです。特にSNSでは、誰もが自分の良い面しか投稿しませんから、そこに自分を重ねても意味がありません。誰かの評価ではなく、「自分がどうしたいか」「何を心地よいと感じるか」という自分軸に立ち返ることが、心を穏やかに保つための基本です。
中村:
確かに、その通りですね。では、自分軸を見つけるにはどうしたらいいでしょうか。
堀田:
一つは過去を振り返り、「あのときこうすればよかった」ではなく、「本当はどうしたかったのか」を書き出すこと。これはジャーナリングの一種で、思考を整理し、自分軸を見つけるのに効果的です。ただ、過去の後悔を思い返す「反芻思考」は心の健康を損ないます。そうした時こそ役立つのが「マインドフルネス」です。“今この瞬間”に意識を向け、呼吸や体の感覚などの小さな気づきを大切にする考え方で、過去や未来にとらわれない心の持ち方を促します。心理学でも、ストレスを軽減し幸福感を高める方法として注目されています。
また、年齢を重ねた方ほど、経験からくる“勘”の精度が高いもの。迷ったときは、他人の意見より自分の感覚を信じるほうが、案外正しい判断につながるものです。
中村:
思い通りにならないことも多い人生の中で、前向きに過ごすにはどうしたらいいでしょうか。
堀田:
人生のあらゆる場面を楽しむと決めるだけで、幸福感は変わります。良いことも悪いことも含めて、「人生なんてこんなもの」と受け止める。これこそが、自分軸を持って穏やかに生きる力なのです。
習慣を味方に穏やかに暮らす科学的ヒント
中村:
リタイア後を楽しく過ごすために、科学的にどんな心がけが必要でしょうか。
堀田:
鍵となるのは「習慣」です。デューク大学のクインとウッドらの研究によれば、人間の行動の約47%は習慣で成り立っているといいます。
刺激が少なくなりがちな老後こそ、毎日の習慣をどう設計するかが幸福度を左右します。
まず大切なのは「動くこと」。動くことで脳のやる気エンジンが作動し、次の行動が生まれます。すでにある習慣に新しい習慣を重ねる「習慣の積み重ね」も有効です。たとえば、歯を磨くときに「今日の感謝を3つ思い出す」、散歩のときに「誰かの幸せを祈る」といった小さな行動が、前向きな思考を定着させます。
中村:
習慣というと特別なことのように聞こえますが、身近な行動の積み重ねも十分に“習慣”ですね。とはいえ、年齢を重ねると、意欲があっても行動に移すのが億劫になりがちですよね。
堀田:
「環境を整える」ことも重要です。人は放っておくと楽な方へ流れるため、不便な仕組みをあえてつくる「不便益」という考え方があります。エレベーターを使わず階段を選ぶ、間食を防ぐためにお菓子を高い棚に置くなど、小さな負荷を加えると行動が自然に増えます。逆に、必要な行動は工程を減らすことも大切。洋服を片づけやすい場所に掛ける、読みかけの本を机の上に出しておくなど、ワンアクションでできる環境づくりが習慣化を助けます。
二つ目は「人とのつながり」を活用することです。やりたいことを誰かに話す、進捗を共有するだけで行動が継続しやすくなります。ドミニカン大学のマシューズの研究によれば、やりたいことを人に伝えると行動力が1.4倍、進捗を報告すると1.8倍になるともいいますから、地域のコミュニティやSNSで「今日はこれをしました」と発信するだけでも十分。言葉にすること自体が、自分を動かす力になります。
三つ目は「体を動かす」こと。散歩などの軽い運動で構いません。特に緑のある場所を歩くと、ストレス軽減や回復効果が高いことがわかっています。ベランダで植物を育てる、土いじりをするなど、自然に触れる時間を持つのもおすすめです。
さらに、脳に新しい刺激を与える「学び」も重要です。外国語を学ぶと、普段使っていない脳の領域が活性化し、認知症予防につながります。学び続ける姿勢が脳の若さと人生の豊かさを保つ秘訣です。
好きなことを楽しみながら安心を確保するお金の貯め方
中村:
私どもは、資産運用として、「貯めること」だけでなく「楽しく使うこと」も大切にしたいと考えています。好きなことを楽しみながら、上手にお金とお付き合いしていくコツを教えてください。
堀田:
現役時代にはお金を貯めることや節約することが習慣になっていた方は少なくないでしょう。しかし、リタイア後の人生では、「上手に賢くお金を使うこと」が新たなテーマになります。お金の使い方にはコツがあります。たとえば、生活費や旅費など、お金を目的ごとに分けて管理する方法は有効です。「日常の財布」「夢の財布」「趣味の財布」とラベルをつけるように分けておくと、どれにいくら使えるかが明確になり、無駄遣いも防ぎやすくなります。行動経済学ではこれを「心の会計(メンタル・アカウンティング)」と呼び、お金に“用途別の名前”をつけて管理することで、賢く使えるようになるとされています。退職後であれば、「3年後の旅行資金」「金婚式のお祝い」など、具体的な目標を設定するのも効果的です。
堀田:
年齢を重ねるほど将来への不安から貯蓄を優先する人が多いですが、お金はただ貯めているだけでは何の価値もありません。使ってこそ、人生を豊かにする道具としての真価を発揮するのです。安心のための貯蓄を残しつつ、夢や楽しみのためのお金も持つ。このバランスこそが、心穏やかにお金を循環させる鍵です。
中村:
計画的に、後悔なくお金を使うための工夫があれば、ぜひ教えてください。
堀田:
心理学では「対比思考」という考え方があります。何かを買いたくなったときに、「買った自分」と「買わなかった自分」を想像して比べてみるのです。たとえば家電を買う代わりに、そのお金を旅費に回した自分を思い浮かべてみると、「どちらが自分の幸せにつながるか」が見えてきます。こうした冷静な比較を習慣にすることで、気持ちにもお金にもゆとりが生まれます。
中村:
最後に、読者へメッセージをお願いします。
堀田:
リタイア後は何事も楽しむ姿勢を持つことが大切です。今ある暮らしに幸せを見出すことが、心豊かに生きる最大のコツなのです。
