インタビュー

思い出に、投資を。
~いい人生だったと思える時間とお金の使い方~

投資というと、「いかに資産を増やすか」という話を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、資産は増やすだけでなく、人生を豊かにするために活用してこそ価値があります。将来に備える一方で、今しかできない経験や、大切な人と過ごす時間に資産を使い、自分にとって価値のある「思い出」に投資することも、大切なのではないでしょうか。本対談では、文化人類学者の大川内直子さんと、野村アセットマネジメントCEOの大越昇一が、現代社会における資産との向き合い方や、いい人生につながる時間とお金の使い方について語り合いました。

プロフィール

  • 大川内 直子(おおかわち・なおこ)氏

    文化人類学者

    東京大学卒業。同大学大学院修了。専門分野は文化人類学、科学技術社会論。金融機関勤務を経て、2018年に株式会社アイデアファンドを設立、代表取締役に就任。国際大学GLOCOM主任研究員、昭和池田記念財団顧問、中央大学特別講師。著書に『アイデア資本主義 文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア』、『世界のビジネスエリートが身につける教養 文化人類学』など。

  • 大越 昇一(おおこし・しょういち)

    野村アセットマネジメント CEO

    早稲田大学政治経済学部卒業。1994年にJPモルガン証券へ入社し、債券や株式等の市場業務に従事。2015年にJPモルガン・アセット・マネジメント代表取締役社長に就任し、同社会長等を歴任。2026年、グループ外部から初となる野村アセットマネジメントCEO兼代表取締役社長に就任。一般社団法人日本投資顧問業協会副会長なども務めた。

未来を計画する社会、今を生きる社会

大越:
まずは「文化人類学」がどのような学問なのか、教えて頂けますか?

大川内:
文化人類学は、世界各地のさまざまな暮らしや価値観を、現地で人々の暮らしに触れながら調査し、「人間とは何か」という普遍的なテーマを探究する学問です。数字やデータから見える傾向だけではなく、フィールドワークを通じて、人々が実際にどのように暮らし、何を大切にしているのかを理解しようとします。社会にはさまざまな生き方や価値観があることを知り、現代社会の常識を別の角度から見つめ直す。それが文化人類学のユニークなところです。

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大越:
文化人類学ならではの視点から資産運用を捉えた場合、どのような示唆が得られるでしょうか。

大川内:
日本を含む現代社会では、未来を「計画できるもの」「自分たちでコントロールできるもの」と捉えています。特に近代化や産業化の進展とともに、過去・現在・未来が一直線につながり、現在の行動によって未来を変えられるという考え方が強まっていきました。住宅購入や子どもの教育、老後資金のための資産形成は一般的なことといえるでしょう。
日本では、「その日暮らし」はネガティブに捉えられがちです。しかし、狩猟採集民の社会の一部には、今を重視する時間の感覚が見られると指摘されています。例えば、アマゾンに暮らす少数民族のピダハンは、必要なものを得るために狩猟や漁を行い、過度の蓄積を重視しない社会として紹介されることがあります。こうした事例からは、未来を長期的に計画し、蓄積することを重視する現代社会とは異なる時間感覚が見えてきます。
安全性や予測可能性を高めること自体は、決して悪いことではありません。その一方で、偶然の出会いや何かに没頭する感覚、今を楽しむ豊かさを失っているのではないでしょうか。

大越:
将来への備えは必要ですが、意識しすぎるがゆえに、今という時間が未来への準備期間になってしまっているということですね。

今が未来に従属する危険性

大越:
経営においても、中期経営計画では3年、5年先を考えますし、10年後、20年後に会社がどうありたいのかという長期的な視点は会社が進むべき道を示す「北極星」のようなものとして必要です。一方で、短期的な視点も欠かせません。遠くばかりを見ていると、足元でビジネスを構築できませんし、目の前の事業だけを見ていると、市場や環境が変化したときに、「自分たちの強みは何だったのか」と、進むべき方向を見失うことがあります。遠くを見据えながら、足元もしっかり固める。この両立が、経営においても重要なのだと思います。

大川内:
会計・経営の用語で、企業が将来にわたって事業を継続するという前提を指す「ゴーイングコンサーン」は、人類学の視点から見ると、とても特殊で興味深い考え方です。人は生まれ、成長し、老い、死んでいく。季節も世代も循環します。日本の伝統的な時間感覚にも、そうした円環的な捉え方があります。
ところが、資本主義の発展とともに、時間は円でなく直線として捉えられるようになり、会社も一つの生命体でありながら、世代を超えて継続するものと考えられるようになりました。

大越:
企業という器は存続していても、その中で事業が生まれ、消えていくことはよくあります。そう考えると、企業の中で一種の「輪廻転生」が起きているといえるかもしれません。

大川内:
個人の人生でも、会社の経営でも、未来への備えが強くなりすぎると、今が未来に従属してしまう危険があります。例えば個人の場合、老後資金を確保するために、今はできるだけお金を使わず、将来のために我慢を続ける。そうしているうちに、心身ともに元気に過ごせる時間を十分に活かせないまま、年齢を重ねてしまうこともあります。

大越:
若いときは時間があってもお金がない。働き盛りになると、お金はあっても時間がない。高齢になり、ようやく時間とお金がそろったときには健康上の不安が出てくる。この三つの段階を考えると、いつ、何にお金を使うかが非常に重要といえるでしょう。
一度過ぎてしまった時間や、健康な状態でなければできなかった経験は、後から取り戻せないことがあります。だからこそ、将来に備えるだけでなく、今の時間をどう活かすかを考える必要があります。

お金を、思い出や関係性に変える

大越:
「何かを得る喜び」と「何かを失う恐怖」を比べると、行動経済学では、同程度の利益を得る喜びよりも、損失を被る痛みを強く感じる傾向があるとされています。お金を使うと、残高が減るという事実だけが目に入ってしまう。しかし、お金には、将来に備えて蓄えるだけでなく、今必要なものや大切な体験に変える役割もあります。旅行に使えば、思い出になる。大切な人との食事に使えば、関係性が深まる。学びに使えば、経験や知識になる。
そう考えれば、お金は使った瞬間に消えるのではなく、「思い出」として蓄積されていくものだと捉え直せるのではないでしょうか。

大川内:
例えば旅行は、現地で過ごす時間だけに価値があるのではありません。帰ってから、家族や友人に「こんな景色を見た」「こんな料理を食べた」と語り、何年後かに写真を見て、当時の出来事を思い出す。そのたびに体験の意味が変わり、人生の物語として積み重なっていきます。こうした経験は、早く得るほど、その後の人生で思い出し、誰かに語りながら育てていく時間も長くなります。

お金を貯めているだけでは、こうした物語が生まれてきません。誰かと食事をする、友人と旅行に行く、孫と時間を過ごす。人との関係をつくるためにお金を使うことで、語る相手が生まれ、自分のアイデンティティも豊かになります。このように、体験を誰かと共有したり、振り返ったり、語り直したりする中で、その体験の意味が変化し、自分の人生の物語の中に位置づけられていくプロセスを「ナラティブ・コンストラクション」と呼びます。
思い出や人とのつながりは数字では測りにくく、目に見えないものです。それでも、それらは人生を豊かにするうえで、非常に重要な価値であり、資産といえるでしょう。

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大越:
日本では、老後に備えて自助努力で資産を形成することの重要性が強調されてきました。一方で、形成した資産をどのように活用し、豊かに暮らしていくのかという視点は、まだ十分に浸透していないように感じます。
人生の究極的な目的は、資産残高を増やすことではなく、幸せで豊かな人生を送ることにあります。将来に備えながら、今も楽しむ。資産を形成しながら、現在の暮らしも豊かにする。資産運用は今と未来の両立を実現するための知恵であり、人生をデザインする方法でもあるのだと思います。その意味で、人生を豊かにする「思い出」への投資という発想が必要かもしれません。
当社はこれからも、資産形成と資産活用を通じて、お一人おひとりが人生をデザインしていくためのお手伝いをしたいと思います。

人生を支える「見えない資産」を育む

大川内:
現代社会では、誰にも頼らず、お金も仕事も自分で確保している状態を「自立」と呼びます。しかし、狩猟採集民の社会では、他者と食料や資源を分かち合い、助け合えることこそ、自立だと考える文化もあります。
例えば私たちは、「借りをつくらない」ことを好みます。しかし、贈与や貸し借りは、人間関係をつなぐ大切な仕組みでもあります。以前、引っ越しを手伝ってもらったから、今度は自分がその人を手伝う。そうしたやりとりが、社会や人とのつながりを維持します。
現代社会では、財産や生活基盤を個人で確保し、人との関係からある程度切り離されても生きられる仕組みが発達してきました。それによって自由が広がった一方で、他者から孤立してしまうこともあります。お金の使い方は人それぞれですが、お金を、人とのつながりを育むために使い、他者と支え合う関係につなげることで、孤立を避けながら、より豊かな人生を育んでいくという考え方もあるのではないでしょうか。

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大越:
お話を伺いながら、老後のために形成してきた資産を、どのように活用すれば将来の自分にとって価値あるものとして残せるのかを考えることが重要だと、改めて認識しました。
お金を使うことで残高は減りますが、体験や人とのつながりは、思い出という資産として、時間とともに形を変えながら心の中で生き続けます。「いくら残せたか」だけでなく、「誰と何を経験したか」を大切にする。見通せる範囲で未来に備えながら、質の高い今を生きる。そのバランスを考えることが、年齢を重ねることを前向きに捉え、振り返ったときに「いい人生だった」と思える心の豊かさにつながるのだと思います。

(2026年10月作成)